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「父」の奥に見えたもの

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妻を「母親代わり」にしてしまった父親

私は父のことが大好きだったけど、
同時に心の深いところでは恨んでいたと思う。

幼少期の心の傷を引きずり、「どうせ俺は」といつも拗ねていて
甘えたい気持ちを昇華できないまま父親になった。

すると必然的に奥さんを「母親」にしてしまう

父のことは大好きだったけれど、
甘えたい、頑張りたくない気持ちや「自分だって頑張ってる」という気持ちが
つい家族への甘えとして出る、そのせいで母をいつも怒っている人に変えてしまった父が嫌いだった。

世間で「産んだ覚えのない長男」と言われてしまう人が多いのは、うちの父のような人なんじゃないかと思いながら見ている。

世の中には、今の自分が「傷ついた昔の自分」で形成されていることに気がついていない人がたくさんいる。
うちの祖父母も両親もそう。私もそうだった。

この時代のみんな傷ついてるんじゃないか?

本当はみんな傷ついている。

本当はこうして欲しかった。というのを、各々親や世間に対して持っている。

でもそんなことは口に出せない
社会では大人たちが皆同じものを抱えているから、自分だけが弱音を吐いたら世間から叩かれる。

心の傷を本当に癒す前に「大人だから」という役割と責任感で、傷ついた気持ちを心の奥に追いやり
日々の「やらなければいけないこと」に忙殺されてしまう。

これが今の社会で言う、正しい大人。

本当は父親も母親も、心の傷の視点で見れば同じ段階にいる人たちだった。

二人とも、幼少期の心の傷が言えぬまま大人になり、無意識レベルでその傷を癒すために互いを選んだ人たち。
「本当は甘えたかった」「こんなに頑張っているのに」という気持ちを抱えて、それが癒されないという課題が同じ人たち。

「未熟な父性」の世代間連鎖

私はそんな父を見て
「お父さんがいつも甘えた息子みたいな態度しかみせてくれなかったから、私がこんななんだ」と心のどこかで怒っていた。

そして、自分の好きなことしかせず、家庭を顧みない
いつまでも経済的に自立できない父に復讐するように

自分も同じ未熟さを持ち続けている。

自分のいつまでも未熟な部分は、高度な親への反抗

私はいまだに、人と関わることが怖く感じる。

その影響で、仕事がうまくいきそうな時に、人間関係を全て切ってしまいたくなる。
怖くて逃げ出したくなる。

それは、私が「好かれる自信がないから

見た目の美しさやスペックの高さで喜ぶ父に、「何もない自分」を愛されたことがないから。

父親は社会の象徴

だから私の中で無意識にそれが社会性に転用されてしまっていた。

適応障害を患ったことで、価値提供できない自分、人の期待に応えられない自分になってしまったから
その自分で人から好かれる自信がない。

それが私の「仕事」の悩みの根本だと気がついた。

でも本当は、適応障害になってよかったんだ。

価値提供することでしか認められないのは、今の社会の象徴だから。
それが当たり前の世の中だから
みんなが傷ついているのだから。

価値提供できない自分を愛してから、価値提供をする。
そうすることでしか、このもつれは解けないんだと思った。

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