奪われたもの、失ってしまったものには
もう取り戻せない事実をひたすら受け止め続ける期間というものが必要らしい
はじめのうちは、喪失感を抱えながらも
「まだ取り返せるかもしれない」
「別の道の方が、もっと良いものを手に入れられるかもしれない」
と言う新たな希望に変えて、それをモチベーションに生かされてきた
その期間ももちろん大事で
しかし、その期間を過ぎたとき
「あぁ、私が失ってしまったものは、どうしてももう取り返せないんだ」
「奪われたものはほんとにもう戻ってこないんだ」
と、受け入れ
失った事実ごと抱えて生きて行くフェーズがやってくるようだ
「相手がどれだけ反省していても、奪われたものが大きすぎて、相手の人生では一生かけても贖えないんだ」
そんな事実に直面したときに
相手を責めることが、何の意味もなさないことが
わかりすぎる位わかった
責めて、追い詰めて相手を苦しめたところで
自分には何も返ってこないのだから。
これは、私自身の人生の
私という人間の成長が求められているタイミングなんだと思った。
きっと、これよりもまだ少し先に
失ったものではなく、残っているものに目を向けられるという段階に徐々に入っていくんだろうなと思う