私が見えているものの話

人が本当に自由になれるのは、
自分が縛られているものを正確に理解できた時だと感じている。

子供の頃から
人の話を聞いていると、「その人の話とは別のもの」が見えるような気がしていた。

学校の先生に注意をされながら、
先生が子供の頃から渇望しているものが見える

母がニコニコ話しかけてくるのを見ながら、
母の子供の頃の寂しさが見える

アルコールに溺れる父を見ながら、
父が赤ちゃんの頃、祖父母に叫びたかったことが見える

人は、今の目の前の出来事によって感情を感じているようで、
実は、心の底に沈殿した傷や思いなどの何かただの出来事が合わさって生まれた感情を感じているのだ。

「そうか、私はこの人に怒っているようでいて、過去に怒っていたのか」
「私はこの人に期待しているようでいて、幼い頃の自分を見たかったのか」

あぁ…なるほど
私が苦しかったのはそれでだったのか

自分の人生の謎が、ひとつ解ける。

すると、そこから発生していた悩みが
根こそぎなくなる。
同じ出来事から発生していた悩みは、生まれなくなる。

その「腑に落ちた感覚」は、不安の発生源をひとつ取り去り、その人を安心へと導くのだ。

私の目には
全ての出来事には、それが発生した点があり
それが見えない糸で繋がっているように映っている。

melle
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