最近、母がまた変わった。
私が子供の頃からずっと訴え続けたことの意味を、本当の意味で理解してもらえたと思った。
あの瞬間、私の人生で戦い続けてきたものが、一区切りついたように感じた。
一気に肩の力が抜けた。
きっと私は、この瞬間のために走り続けたのだろうと思った。
「あなたは結局親に何を求めていたの?」と聞かれても、複雑すぎて
まだ一言にはまとまらない。
だけど一つは【コミュニケーション】を求めていたように思う。
子供の頃から、夢は”家族会議”だった。
どうしたら私の憧れる家族会議が実現するのだろう?と考え続けた。
それは、叶えるのがとても難しいことなのだと何年もかけて考えを深めるほどに、残酷な現実として実感が湧いてきた。
私が親に訴え続けたことは、要は話を聞いて欲しかったのだと思う。
聞きたくないことは遮って聞かない
言い張って受け入れない
そうではなくて、一旦私の意見を「そう考えているのね」と受け止めて欲しかった。
そして、それについて一般論や倫理観やルールでジャッジせずに、親自身の頭で考えて、対話をして欲しかった。
それをするには、多くのもつれを一つ一つ解いていくことが必要なのだと悟った。
何年かかるんだろう、と思った。
取り組み始めて5年はかかった。
でも、出来た。
最後の2年半は、毎晩のように母と話し合った。
でも、出来たのだ。
まず、なぜ母は会話が成立しないのか?を考えた。
第一に、自己否定が強い。
自己否定が強いと、聞けない話が増える。
例えば、母にやめて欲しい癖がある時、こちらは人格否定のつもりではなく「ちょっとそれ気になるから気を付けてもらいたいんだけど」という要望のつもりで話しかける
しかし自己否定が強いと、無意識の危機感知が働くようで、こちらが話し始めた瞬間に遮られる。
「忙しい」「この歳では無理」「私は努力が嫌い」「あんたが言ったから」
最後まで聞かずにお決まりの言葉で遮られる。
まず、こちらの意見を聞いてもらわなければ、会話が始まらない。
家族会議が夢だけれど
うちではまだ、会話が始まっていなかったのだ。
それをどうやって解いたらいいのだ?
これには、きちんと糸口があった。
鍵は一つではなく、たくさんある見つけるごとに一つ一つ解いていく。
2つ3つ解いていくごとに、母と会話らしいものが始まり始めた。
1番の核のようなものがとれたのが2週間ほど前。それは世代を超えて連鎖したものだった。この問題は母だけの責任ではなかったのだ。