私が4年ほど前に、不思議な、でも必然的な復縁を果たした時のことを
ここに残していこうと思う。
彼と出会った10年前から、私の人生は狂った。
しかし彼と出会った瞬間に、「この出会いは起こるべくして起こったものなのだ」という
上手く言えないが確信のような感情を抱いた。
出会ってすぐに付き合い始めたその彼は、
こんな人には今までに出会ったことがないような、どうにも私の感情をグラグラと不安定にさせる
不思議な人だった。
付き合った当初から「いつかいなくなってしまうんじゃないか」という不安が寝ても覚めても頭の中を占領するようになり、半分ノイローゼのような鬱のような
とにかく当時の私は、不安に取り憑かれてしまって自分でもどうしようもなかった。
「いつか、すぐにでも彼に振られてしまうかもしれない」
そんな感情に取り憑かれた私は
恋愛を上手くいかせるための情報を調べ尽くし読み漁った。
恋愛ハウツー本は、本屋にあるもの、図書館にあるもの、LINEの送り方や小悪魔テクニック、沼に嵌めさせる方法、効果的なコミュニケーション法などから海外の有名恋愛本などまで手当たり次第に読み漁った。
しかしその甲斐も虚しく
その中から、自分のこの不安感を取り除いてくれる情報には、ついに出会うことができなかった。
だんだんと、引き寄せや潜在意識、スピリチュアルに近い願望実現と恋愛を掛け合わせた本も読むようになった。
アファメーションや手帳に願望を書く、未来の予定をあらかじめ決めておくことなど色々試したが、
私では上手く結果に繋げることができなかった。
スピリチュアルではない恋愛のカウンセリングで有名な方のカウンセリングも受けた。
「恋愛だけを頑張るのではなく、そもそもの自分の在り方や人間力自体をあげないと付け焼き刃になるよ」と
かなり本質をついたアドバイスをいただき、
他責ではなく自責思考で物事を考えるように
主観ではなく客観で物事を考え現実を正確に受け止めることなど
学生に毛が生えただの子供ようだった私には、とても良い学びになった。
しかし、彼に対するどうしようもない不安感は根本的には解決されなかった。
その頃の私には「ここまで”良い”とおすすめされている方法をためしてもダメなら、もう目に見えないものの力を借りないといけない気がする」という、漠然とした気持ちが出てきていた。
今度は、ネットで潜在意識や引き寄せの法則を恋愛に応用する情報について探し始めた。
過去の2chなどにあった情報をまとめてくれているサイトなど
いろんな人が書いた潜在意識を使った復縁法を、仕事以外の時間はずっと読んでいた。
4年ほどかけて、ネットで探せる情報は全て読んだのではないだろうか、というほど読み尽くした気がした。
それでも、再現性のある方法を掴めた感覚にはなれなかった。
ここまでが、私が行き詰まった時の話。
この世の中には、もう私をこの不安感から救ってくれる術はないのだと、当時の私は絶望した。
復縁の必然
私は自分がした復縁を「必然の出来事だったのだ」と感じている。
感じている以上の“腑に落ちた”というのが的確な気がする。
私が復縁するまでに起きた出来事とは、「私の復縁とはなるべくしてなったのだ」と、そう思わざるを得ないような動き方をし、
この世の中の現実の仕組みを考えさせられるような出来事だったからだ。
「そうか、見えない力で復縁を果たしてきた人たちとは、本当はこういう仕組みによって動かされていたのか」と。
復縁を叶えてきた人たちはそれを表すのに、潜在意識や量子力学や引き寄せなどいろいろな角度でそれを説明してくれていたが、その根底には、この起こるべくして起こる現実の仕組みと、誰のケースにも共通する構造があったのではないだろうか、と自分の中で繋がったのだ。
潜在意識で復縁を叶える要点
私は4年の月日をかけて、恋愛ハウツーとネット上に落ちている潜在意識活用の復縁法を読み漁った。
私は、その膨大な量の情報、たくさんの人たちが「自分の成功法」をシェアしてくださっている体験談などを読みながら、その法則性というか、その裏に横たわっている復縁が叶うかどうかを決める勘所が読み取れたように思った。
潜在意識レベルで「復縁の必然性」を信じられるように
そもそも、なぜ潜在意識が願望実現で使われるようになったかと言うと、
物事が起こる仕組みと言うのは、人間が頭で認識できる顕在意識ではなく無意識領域、潜在意識に入っている情報が現実の出来事を司っている、という考え方がありそれが恋愛に応用されたからだ。【現実は自分が作っている】という考え方を応用したわけだ。
私はここで、そういった仕組みが「必ずある」と言い切りたいのではない。
ただ、当時の私は彼との関係性に対する不安から「これは目に見えない力を借りないと何ともならない」と藁をも縋るような気持ちで見えない力について調べ出し、
世の中で言われている潜在意識を始めとした目に見えない力を使った願望実現を考察を自分なりに試行錯誤した結果、
予想した流れと同じ運びで復縁が叶ったこと
そして、同じ考え方を応用させて母子関係を改善させ
自分自身の精神疾患(適応障害、鬱)を回復させたこと
また、私が一緒に悩みを整理させていただいた方たちが、復縁や結婚を叶えたり
過去のトラウマを解消し親子関係や友人関係を修復ていく姿を見て
「こういう力がある」事は証明はできないが、一定の効果はあるのだろうと見ている
そしてその後も、その視点を使っていろいろな出来事の拗れを整えている
それを残しておきたくてここに書いている。
潜在意識で復縁が叶う時の条件
私は4年間、潜在意識を使って復縁を叶えた人たちの体験談を読み続けた結果、ある1つの共通点にたどり着いた。
「潜在意識を使って復縁が叶う時の条件」だ。
体験談を残している人たちは、
潜在意識レベルで「復縁が叶う事は当たり前だ、必然だ」など、自分の心の中の深い部分で望む未来への疑いや抵抗感が消えた(和らいだ)状態になった結果、復縁という出来事が起きたのではないだろうかという仮説だ。
執着、復縁が叶う人の行動、いろいろな疑問がこの仮説で説明ができた
この仮説を元にしたときに、今まで調べてきた復縁を叶えた人たちの行動や、復縁が叶わない人がぶつかる壁や悩みが、1つにつながったように感じた。
復縁を望む人は、往々にして不安に囚われていることが多い。
しかしそういった人たちでも、自分の中に「復縁が叶うという出来事は起こった方が自然なんだ」のような必然性みたいなものが潜在意識に組み込まれれば、自然と、どんな言動も復縁につながるためのものになる
そして、そういった心のゆとりから、執着自体が生まれなくなるため
行動すれば行動するほど悪い結果につながってしまうという悪循環を生むことがなくなるのだ。
復縁が叶う振る舞いや行動をしたから復縁が叶うというよりも、
先に、復縁が叶う状態に自分の心を整えたから、復縁が叶う軌道に自然と乗ることができたのだ。
そういう仕組みがあるから、復縁を叶えるためには執着や不安を手放しましょうと言われるのだろうと思ったが
執着自体もあくまで、心の中にあった不要な概念が書き変わった結果自然と執着を手放せる精神状態が得られるようになっただけであり
心の中身を整理せずに執着だけ無くそうとしても、苦しいだけで、なかなか思った結果には繋がらないと考えている。
だから、同じLINEの送り方をしても、結果につながる人と悪化させる人がいたりするのは
その行動を生んでいる大元の自分の心の中にある設定を整える方がはるかに重要なんじゃないだろうか
という仮説が、私の中で1本につながった。
自分に合う復縁法とは
ここまでの仮説を前提とするならば、
復縁を叶えるためには「どうやって復縁が叶うのに適した自分の精神状態を作ればいいのか?」が課題になる。
アファメーションや、手紙や手帳などに書き出す方法や、先に叶った自分になりきる方法など
それらは、全て「この方法が復縁を叶える」というよりも、「自分はどの方法を使ったら、復縁が叶うことを疑ったり不安に飲み込まれることがなくなるのか?」という問いに対する答えが書かれていたように思う。
それが結果的に「自分に合う方法」と呼ばれるのだと思う。
自分に合う方法で心の中が整えられた結果、その精神状態に合った現実として復縁という現象がやってくる。
私のこの仮説が学問的に正しいかどうかはさておき、少なくとも私が4年の歳月をかけ調べ尽くした復縁が叶った人たちの体験記の共通点はここにあったと思う。
私はそれを読みながら、実は復縁が叶うときに裏で動いている仕組み自体は同じだったのだという考えにたどり着いた。
現実逃避・過度なスピリチュアル信仰
しかし、この仮説は
同時に慎重に扱わなければならないものなのだろうという考えも同時に浮かんだ。
私の仮説が正しいとしたら、
この方法は、復縁を望む相手が実際に自分のところに戻ってくる前の段階で、既に何かしらの確信や自信のようなものを先に手に入れておくことが条件になる。
(私自身が復縁を叶えた後で改めて考察をした限りでは
この仮説は、復縁が叶う仕組みの本質から少しだけズレがあったのだが、しかし私が読んだ復縁の体験談の範囲での仮説としては正しかったと言える。)
この方法は、慎重に扱わないと
まだ叶っていない未来を盲信し、場合によっては今の日常生活の中の大切なものをおざなりにしたり捨ててしまったりと現実逃避につながってしまう危険性と、常に隣り合わせなのだ。
超現実的に見えない力で現実を動かす
私は何を叶える時でも、
一般的な「成功法則」と呼ばれるものをどれだけ努力しても結果が出ないときに「見えない力」とが必要だ、と個人的に感じていた。それは今まで、サボらず努力を重ねても結果に繋がらないことが何度もあったためだ。
しかし、同時に「現実逃避」せず
見えない力を見ながら、現実を直視することの大切さも実感した。
このバランス感覚を誤ったときに、周りの人を巻き込んでしまったり、思わぬ方向に物事が進んでいったりするのだと今までの観察の結果考えている。(ここは願望実現の肝だが、到底1記事でかけるような代物ではないので、これから少しずつ書いていこうと思う)
では、どうやったら現実逃避をせず、現実的に、しかし一般の成功法則ではない形で叶えるのか?
私は、その試行錯誤の結果、復縁や親子関係の改善、自分自身の精神疾患の根本回復へとこぎつけることができた。
非現実的なものを現実のものとして引き起こすには
ここには、世間一般で「非現実的だ」と時にバカにされたり捨て置かれたりしてしまうような考え方を、いかに現実的なものとして捉えるかという部分に大きな壁があると感じている。
「ふわスピ」という言葉が生まれ、揶揄されるようになったのも、目に見えないものや現実的でないものに夢中になり信じる姿が子供のように見えてしまったり、実際にそちらの考えに執着するあまり、家族や身の回りのものを放棄してしまったりするケースが実際にあるため、いまだに世間の風当たりが強いという現状がある。
しかし私は、こういった視点で物事を見た先に、普通の努力では到底手に入れられなかった不可能を可能にするような出来事を何度も体験している。
そこには、見えない力と現実の仕組みがあるのだと気がついた。
現実の仕組み
ふわスピと呼ばれてしまうような人たちが選ぶ選択には、ある落とし穴がある、と
その人たちと直に関わり続けて感じた。
私は自分自身が親子関係を改善し、復縁を叶えた後、
当時リアルタイムで私の叶える様子を見ていてくださった方たちに向けコンサルやセミナーをさせていただいていた時期があった。
その中で実感したのは、その落とし穴を見抜いて踏まないようにできるかどうかで、
夢にうつつを抜かして物事を放棄したり「ふわふわスピリチュアル」と呼ばれたりしてしまうのか、
望む未来を掴めるのかの分かれ道があるとわかった。
出来事は【魂の成長、心の成熟】のために起きている?
私は、この【魂の成長、心の成熟】という表現が適切かどうか未だにわからない。
この言葉をあまり使いたくなかったため、こういったことを公に発信するのをずっと控えてきた。
言葉のイメージが先行して、誤解につながり正しく伝えられないことの方が多かったし、
それを回避できる適切な言葉が未だ見つからないのだ。
不本意ながらもこの言葉を使っていくが、
私は、人の人生レベルで未来を見た時に、そこに至るまでに自分がしておかなければならない心の成長というものがあると見ていて、
出来事とは、それに必要なことが起きているのだと実感している。
そして、その心の成長とは広い意味の成長であり、世間一般で言う「大人ならばこうあるべきだ」「こういう役割ならばこうするべきだ」「この年齢であればこれができているはずだ」というものとは少し違う。
これも改めてしっかり書こうと思うが
人には「今、与えられている課題」「今目の前に立ちはだかっているドア」のようなものがあり、その人の現状や背景を読んでいくと、それが自然と浮かび上がってくるように感じる。

その【今与えられている課題のドア】を適切に読みとり、適切な鍵で開けたときに「地に足のついた」選択をしながら「見えない力によって助けられる」という出来事が起こるのだと考えている。
今与えられている人生の課題
私が感じている「課題のドア」というのは、
現実的に言えば【心の成長、成熟】
スピリチュアルな言い方をすれば【人生シナリオ、魂のブループリント】
の道のりの順番を示しているように思う。
充足↔︎生きづらさと、自分に必要な一歩
人の生きづらさとはどこからくるのか?
私はそれは、「今の自分に必要な1歩」ではなく
「この歳ならこうすべきだ」「この役割ならこうあるべきだ」など、外側の枠に、今の自分の状態を考慮せず自分を歪め形を合わせるしかないから、それが苦しさや息苦しさにつながっていると思う。
私は、人にはそれぞれ今必要な一歩というものがあるように感じていて、それは必ずしも人と同じ歩幅で進める物ではない。
すると「努力ができない言い訳だ」「成長速度が人それぞれというなら、先に進んだ人は周りのカバーをしなければいけないのか」「周りの人に迷惑をかけたらどうするんだ」という声が聞こえそうな気がするが、
私は、【人・物・空間・場所にとって今必要な一手】がそれぞれ、ぴったりハマる落としどころがあるのだと実感している。
それをなかなか人に言葉だけでわかってもらうことができないできたのだが、
『アウフヘーベン』という言葉を初めて知った時に、私の今までの孤独さが救われたような気がして胸が詰まった。
哲学の専門家ではないので、意味を取り違えている可能性も捨て切れないが
私が知覚しているこの「それぞれがぴったりハマる完璧な落とし所」というのが存在することを、この言葉が1番よく表してくれていると思う。
その視点でいうと
「復縁という出来事が起きた方が、【当人・関係者・物・空間・場所にとってちょうど良い】となる八方良しの1点」があるということだ。
「復縁をすることが、ぴったりな完璧な落とし所」というのが見えてきた時に、
復縁の必然性というものが腑に落ちるのである。
ここまで長く書いてきたが、
まだ体感したことのない方には、なかなかこの言葉だけで伝わる事は難しいだろう。
逆に体感してしまった人は、私が言っていることが手に取るようにわかるだろうとも思う。
少なくとも過去の私は、「世間一般にある情報だけではもうどうしようもない」という絶望感から
この視点を体得することによって救われた。
そしてこれは同時に、
言語だけでは到底伝えることのできない
非言語情報を多分に含んだ代物なのである。
私はそれをこれから、なんとか伝えられるように
奮闘していこうと思う。
きっと世の中のどこかに、過去の私のように
希望が1ミリも見えなくなって、途方に暮れている人がいるような気がするから。
