心の不調に構造があるとしたらどうだろう。
希死念慮に苛まれ、一時は鬱状態にまで悪化した2度目の適応障害だったが、
薬を飲まずに適応障害を治すため、
私は心と感情を深く掘るように分解していくことで回復させた。
私は自分の適応障害の身体症状と心の中身との関係性を探り
自分自身が抱えている心の課題の処理に取り組み、2年ほどで体調が回復した。
なにが私に適応障害の症状を出させていたのか?
そこには下の図のような構造があるのだと感じた。

ここに残すのは、私が個人的に自分自身の心の不調を読解し構造として捉えたものであり自己判断で行ったものだ。
1. 身体症状・行動制限の発生源
私の適応障害の症状は、
体力低下、動悸、身体が動かない、外に出るのが辛い、希死念慮、頭の中を駆け巡る自責の念だった。
それに加え以前からPTSD的症状があり、幼少期のトラウマ体験の夢やフラッシュバック、不眠、過緊張、場面によって頭が真っ白になるなどの症状が慢性的にあった。
今回の適応障害の原因を心の中に探る
私は今回の適応障害の根本原因を特定するため、自分の中で渦巻く感情を見つめていった。
身体の不調が出る時、自分の中で大きく出る感情が「人が怖い」だということに気がついた。
そしてその感情により、人と話す時の緊張感やストレス感、その蓄積により外出自体に抵抗感が出ていた。
「人が怖い」感情によって
↓
身体症状、行動制限が生まれる
2. 「人が怖い」の発生源
私は長年「人が怖い」という感情を心の中に隠しながら社会で生きてきた。
その感情は初めは気がついておらず、自覚が出たのは2度目の適応障害と診断される1年ほど前だ。
だんだんとその感情が大きくなり、心の中で叫び声が聞こえるような感覚が日常的になりまもなく身体が動かなくなった。
「人が怖い」感情はなぜ生まれたのか?
この私が長年悩まされた「人が怖い」という感情は
いくつかの経験や出来事がいくつも重なって結果的に生まれた感情、と解釈している。
「身体症状」と「行動制限」は「人が怖い」感情から生まれているため
その感情が生まれた根本を辿る必要がある、と考えた。
「人が怖い」感情はいくつもの経験とそれが生む出来事(日々の問題)によって生まれている、と仮説を立てる

そこから問題が生まれている
【一つの経験と、その核、そこから生まれる日々の問題】
《一つの課題》
一つの経験
↓
核
↓
日々の問題が生まれる
「一つの経験A」により生まれたいくつもの「問題」は、これを含む【課題】を解決すると、問題ごと生まれなくなる仕組みになっている…と、実感している。

日常の中で、腹が立ったり悲しかったりモヤモヤしたり適応障害的な体調悪化が起こる時に、その感情を掘り下げ「原体験」とそれが生んだ核を特定する。
・情報を整理し適切な認識に直すことで体調が良くなる
・同じような出来事に遭遇しても以前のように嫌な感情にならない
などの変化として体感できる
- 日常の中の嫌な感情→「課題があるのかも?」と捉えて解体すると自分の心の中の心の傷やメンタルブロックに行き着く
- ひとつの課題を解消すれば、そこから生まれていた問題は生まれなくなるが、別の課題が残っていればまだそこから問題が発生する余地がある
- 日常の中で問題事に遭遇した時に、まずは距離を取るなりして自分の「境界線」を守る(現状の安全確保)
→核が自分の中にあるのかも、と考え認知のズレなどを治していくことにより、そもそもの問題を根本改善させる(生き方、美学、自分軸、哲学)
何か問題ごとが起きた時、嫌な感情が起きた時に
氷山の一角と捉えて自分の課題はないか探る
を黙々と行なっていくイメージで心の中身の解体を行なっていく
すると同じような問題に巻き込まれるループから抜けることができた。



「いつも同じような問題に巻き込まれる、いつも運が悪い、いつも嫌な目に遭う」という時は、こういう心の仕組みによって起きていると個人的に考えている
潜在意識、現実は自分が作っている、と表現されているものは、こういう仕組みのことを指しているのでは?と考察している。
応用:母への感情の改善
この考え方を、私の心の不調に大きく関わる「母親」に応用して考えてみる。
私は2度適応障害を患った。どちらもきっかけは仕事だったが
子供の頃から親子関係の悩みを抱えていて、長年の悩みだった。



適応障害の直接的なきっかけは母ではないけれど、原因の一部に母も関わっているのだろう
とは考えていた。
当時の私は、長年の母への届かなかった想いが、心の中にたまり徐々に怒りへと変わっている頃だった。
課題を減らすと母への怒りも消える仕組み
私がここで残しておきたいのは、
「適応障害になった」というと、自然と
・きっかけになった上司が悪かった
・家庭環境が悪かった
・母親、父親が毒親だった
・その人の心が弱かった
など、何か一つに原因を特定して考えてしまうことが多いように思う。
しかし私は少し違う視点で見ている。


私にとって「母親」は
【人が怖い】という感情の元になったいくつかのうちの、
経験Aのきっかけを作った人であるけれど、
そこから派生して起きる問題(例えば上司からのパワハラ、恋人からの暴力など)は、母親が関係ないところでも起きる、という仕組みがある。
ネガティブな感情が湧く時には、感情の発生源=「核」がある
この視点の良いところは、「適応障害の原因から離れる」対策で一時的に体調が改善するものの
またしばらくすると鬱っぽい症状が出てきてしまった。
ということの対策になりうるところだ。
少なくとも私自身はその効果を感じている。
そのためには感情の仕組みを知っていくことが必要になる。



この間、友達に言われた一言に傷ついて、今でもモヤモヤする
という出来事は、きっかけやその出来事の原因は友人であっても
『傷ついた、今でもモヤモヤする』という感情は、自分の中に感情の発生源がある
=「嫌な感情にさせた友人」「原体験の原因の母」「核が未処理の自分」「その他環境など」に責任が分配される
私が見ているのは、「その時の出来事の関係者」だけでなく
もっとひろい範囲で因果を見た方が、自分のメンタル回復という根本解決につながりやすい
という構造である。
この「感情の仕組みを知る」ことは、私が長年かけて取り組んできたテーマなので
また別のところで詳しく書くかもしれない。


ネガティブ感情をきっかけに核を掘り当てていくことでメンタル回復が叶った
上に書いてきたような仕組みを念頭に
何か感情が揺れるような出来事、気が滅入ることがあった場合に



私の中に未処理の課題があるから感情的に反応してしまうのかもしれない
と捉え課題を解消していくことで、徐々に体調が回復していった。
母親に対するマイナスイメージや怒り自体も減っていき
一緒に暮らすことにストレスを感じなくなってきた。
この仮説を前提として考えるのなら、
心の不調はむしろ、自分の心の中の課題を見つけるためのきっかけともなりうる。私はそう考えた。
そのため私は敢えて母と一緒に暮らすことで、自分の反応を観察しながら「どこに課題があるのか?」を知るきっかけを探しながら暮らしていた。
今でもたまに体調が悪くなることがあるが、
この仕組みが頭にあると、体調不良や原因がある程度特定できるので、
「今度はどの課題が浮かび上がってきたのかな?」と、自然に出てきた感情に抗わずにありのまま見つめ
体調を安定させていくことができた。
ここに残したのは、私が独自の判断で試行錯誤しながら適応障害の回復を目指した記録だが
実際にこれを繰り返していくことで少しずつ課題がなくなり、体調も回復していった。



